今回は、山陰の旅 第3回目、島根県津和野町です。
萩に滞在中、雨に降られましたので、島根県津和野町にやってきました。
山の奥深い、とても小さな城下町です。
鎌倉時代に吉見頼行公が30年かけて築城したもので
三本松城とも呼ばれています。
大阪の役で千姫を大坂城から救出した坂崎直盛が入城したが自害改易。
替わって、亀井茲矩の長男、亀井政矩が4万3千石で入り、以後、亀井家の支配に至る。
今では石垣や石畳が残るのみですが、
そのスケールの大きさに圧倒されます。

津和野城跡

津和野城跡頂上よりの展望
山陰の小京都とも呼ばれる小さな城下町は
風情のある建物が並んでいます。







この街並みの中に、森鴎外記念館があり


軍医と文学者の二つ の顔を持つ鴎外の60歳までの生涯を、
ビジュアルや著作、
遺品、直筆原稿など豊富な資料で紹介しています

覚皇山 永明寺


室町時代からの禅宗の寺院で歴代津和野藩主の菩提寺です。
奥には、石見人「森林太郎」と彫られた森鴎外の墓もひっそりと佇んでいます。
山手のほうへ目をやると、一際鮮やかな朱色の建物が目に留まります。
日本五大稲荷の太皷谷稲成神社です。


全国の稲荷神社の中でも、「稲が成る」と表記 するのは珍しく、
大願成就の祈りが込められています。
商売繁盛、開運厄除の神として信仰を集めています。


供え物の油揚げも販売してました。
※稲荷神社は、伏見稲荷(神道系)と豊川稲荷(仏教系)の系統があるそうです。

津和野カトリック教会

ゴシック様式の石造建築で、荘厳な雰囲気を醸し出す。内部の礼拝堂は和風の造りになっている。
乙女峠の殉教の歴史を記した写真や資料を展示する乙女峠展示室がある。
乙女峠のマリア聖堂

マリア聖堂は、その愛らしい名前とはうらはらに、キリシタン殉教の地である乙女峠に建つ聖堂。
昭和26年建設。
キリスト教が厳禁だった明治元年に長崎から送られてきた153人の隠れキリシタンは、
津和野藩の改宗のすすめに応じず、ついに拷問によって36人が殉教の道を選びました。
その際、日本で唯一、聖母マリアが降臨された地といわれています。
ステンドグラスにはその悲しい様子が描かれています。


この乙女峠のマリア聖堂は、駐車場からそんなに距離は無いのだが、
急勾配の坂道でかなりキツイ。
下りて来た時には、両方の脹脛が悲鳴をあげていました。
この他にも、葛飾北斎美術館・安野光雅美術館・桑原史成写真美術館など
見所満載の町でした。
町の人から「紅葉の時期はもっと綺麗ですよ。」と言われ、
秋に再来する事を心に決め次の地へと向かいました。 |